Yuma Sakurai Website

研究内容
私は、動物がどのように周りの環境を知覚して行動しているのか、というところに興味があります。動物には動物の世界、いわゆる「環世界 (Umwelt)」があります。これは、Jakob von Uexkülが提唱した概念で、物理的な環境はどの動物をとっても等しく存在しますが、どの感覚情報を知覚・認知するのかは動物によって異なる、というものです。空間的な情報も時間的な情報も物理的には同じものでも、動物種ないしは個体ごとに意味合いが異なるわけです。
私が研究対象としている頭足類 (ツツイカ、コウイカ、タコ) は、主に視覚をベースに生きています (タコの場合は、視覚と触覚)。脊椎動物と似たレンズ眼を持っていて、その相対的な大きさは動物内でトップに君臨しています。また、体重に対する脳重量を考えると、鳥類や哺乳類に匹敵する巨大な脳を持っていて、無脊椎動物の中では最大級の大きさです。特に、視葉という視覚情報処理に関わる脳領域は、脳全体の約2/3を占めています。しかし、なぜそれらのような巨大な眼や脳を備えるようになったのか、それらが複雑な行動とどのように関係しているのか、謎が多く残されています。
頭足類の網膜は、脊椎動物とは異なり単純な構造になっています。双極細胞やアマクリン細胞といった細胞が網膜にはなく、視葉内に存在しています。また、光受容体がレンズ側にあるので、盲点がありません。そして、色が識別できないとされる一方、偏光を感知することができます。さらに、脳全体の構造を見ると、脊椎動物よりも昆虫に近いです。脳が視葉と中央部分に大きく分かれていて、脳の中央を食道が通っています。しかし、各脳領域に注目すると、その構造は昆虫とも異なっています。そのような脊椎動物とも昆虫とも異なる視覚系によって処理された情報を基に、頭足類は記憶・学習、ボディパターン、捕食・逃避など様々な行動を表出します。
上記のような頭足類独自の視覚系が存在することを鑑みると、脊椎動物とも昆虫とも異なる頭足類独自の環世界が存在しているはずです。私は、頭足類の環世界の中でも視覚に注目しています。それは、頭足類にとって最も主要な感覚であり、その複雑さは目を見張るものがあるからです。現在、頭足類の視覚について様々なことが明らかになり、頭足類の環世界が形作られてきた一方、謎が深まり仮説や予測だけが独り歩きしているような状況でもあります。私は、そんな状況を脱して、複雑な頭足類の環世界を少しでも明らかにしたいと考えております。
1.アオリイカにおける視覚的左右性
我々ヒトは、利き手や利き足といった左右の間に偏りを持っています。これは脳にも見られる特徴で、言語野と呼ばれる領域は多くのヒトで左側の脳半球で機能しています。ヒトと同じように多くの動物にも、行動や脳において左右間で異なる機能を持つことが知られています。こういった左右間の非対称性を「左右性」と言います。最近では、コウイカやタコといった頭足類でも視覚に関して左右性 (視覚的左右性) があることが明らかになってきています。しかし、視覚的左右性がどのように発現するのか、どのように機能するのかなど、多くの謎が残されています。私は、飼育が比較的容易で孵化後の行動が良く調べられているアオリイカを対象に、行動と脳の2つの側面から解明しようと考えています。

アオリイカの頭部
2.Micro-CTによる頭足類の脳解剖
頭足類の脳は、無脊椎動物の中で最も大きく、脊椎動物に匹敵する程です。これは他の動物には見られない特徴で、なぜこんなにも大きな脳を持つようになったのか、それがどのように機能しているのかなど、調べられています。しかし、未だ多くの謎が残っています。その謎を解き明かすために、新たな脳観察技術が適用されています。micro-CTもその1つで、ヒトで用いられる医療用のCTを小型動物用にしたものです。この装置を用いれば、簡単に脳構造を2次元的かつ3次元的に観察することができます。

アオリイカ頭部のmicro-CT画像
3.頭足類の視覚情報処理の神経機構
頭足類の行動を生み出す神経機構は、多くの研究者が関心を向けています。しかし、関心の多さに反比例するかのように、神経科学的知見が少ないのが現状です。網膜や視葉においてどのように視覚情報が処理されているのかは、長年未解明なままです。Micro-CTで調べられることは形態的特徴の観察に限られてしまうため、そのような未解明な問題に取り組むうえで、より詳細に神経を調べる技術、免疫組織化学や電気生理学のような手法を要しています。それらの手法を用いて、神経細胞、神経ネットワーク、電気的応答などを観察することで、頭足類がどのように視覚情報を処理しているのかを調べます。