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Visual and brain lateralization during the posthatching phase in squid uder solitary and group conditions.

Sakurai Y. & Ikeda Y. 2022. Animal Behaviour, 183: 13-28.

https://doi.org/10.1016/j.anbehav.2021.10.015

​ 形態や脳、行動などの左右差を「左右性」と言い、無脊椎動物から脊椎動物まで幅広く見られる特徴です。行動の左右性は非常によく研究されており、一番身近な例は利き手です。左右性は、個体レベルと集団レベルで調べられており、利き手を例に挙げると、各々のヒトが持つ利き手 (右利き、左利き、両利き) が個体レベル、ヒト全体で見たときに同じ利き手を持つヒトが多い (右利きが多い) というのが集団レベルの左右性になります。個体レベルの左右性は、神経系や形態の左右差から生じると考えられています。一方、集団レベルの左右性は、協力行動などの個体間の相互作用によって生じると考えられています。個体間の利きが同じ方向に偏ることで、協力行動がより行いやすいことになります。その中で逆の偏りを持つ個体が現れるのは、餌や繁殖相手をめぐるような競争時に意表をつくことができ、有利に働くためです。このような左右性は、個体発生中の形態や行動、環境の変化に伴って変化します。しかし、多くの左右性の研究において、特定の生活段階 (成体や幼体) でのみ調べられており、成長に伴う変化を調べている研究は多くはありません。また、行動の左右性と関連する神経系の左右差についても、あまり研究されていません。

​ 鞘形類 (イカ類やタコ類) の眼は体の側方にあるため、片眼視の範囲が広いです。つまり、左眼と右眼で常に異なる視界が広がっていることになり、視覚に左右差が存在し、情報処理にも左右差が生じている可能性があります。実際に、チチュウカイマダコでは餌を見る際に、右眼もしくは左眼のどちらかを向けます (個体レベルの左右性)。ヨーロッパコウイカでは捕食する際に右眼で見た餌を優先的に選択するのに対し、周辺環境を警戒する際には左眼を用います (集団レベルの左右性)。また、ヨーロッパコウイカは、T字迷路の目標アームに隠れる場所が視覚的に確認できる場合に左のアームに曲がります。そのターン方向が視葉 (視覚情報処理に関わる脳領域) と垂直葉 (視覚情報の記憶・学習に関わる脳領域) の容積の左右差と相関しています:右側の視葉と垂直葉が大きい個体は左にターンし、左側が大きい個体は右にターンします。以上のように、コウイカ目やタコ目での左右性研究はあれども、ツツイカ目での研究例が顕著な左右差を示す深海性のゴマフイカ科に限られていました。

 そこで、群れ行動を示すツツイカ目のアオリイカを対象に、利き眼が群れ行動の発達に伴いどのように変化するのか、単独と群れという異なる状況下で利き眼がどのように変化するのか、利き眼が視葉の左右差と関係があるのか、を調べました。

 群れ行動の発達は孵化後約30日で始まり、孵化後約60日で成体のような群れ行動になります。それを参照し、群れ形成前 (15—25日齢)、群れ形成途中 (約37—55日齢)、群れ形成後 (約71—90日齢) の段階で、各個体に対して餌生物、捕食者、同種個体を提示し、右視野、左視野、両眼視野のいずれを向けているかを特定しました。結果、群れ形成前には餌生物に対して集団レベルで右眼、群れ形成途中には同種個体に対して集団レベルで右眼を示していました。群れ形成後には、何れの視認対象に対しても集団レベルの利き眼を示さなかった一方、個体レベルでの利き眼が見られた。これは利き眼の個体差が大きく見られることを意味しています。また、群れ行動の発達に伴い利き眼の変遷が見られ、この変遷は各段階での生態的要求に対応している可能性があります。

 群れ形成途中と形成後については、個体レベルの利き眼を特定後に、同一水槽に収容し、餌生物、捕食者、同種個体を提示することで、社会環境の変化で利き眼がどのように変わるのかを調べました。その結果、個体によって利き眼が変化する個体もいれば、変化しない個体もおり、同種個体の存在で個体が持つ本来の利き眼が変化していることを示唆しています。

 そして、利き眼に関わる神経系の左右差を明らかにするために、各段階について上記の実験後にmicro-CT (小型動物用CT) にて脳を撮影し、視葉の容積の左右差を算出することで、利き眼と視葉容積の左右差との相関関係を調べました。視葉容積の左右差は、群れ形成前と形成途中では偏りが見られなかった一方、群れ形成後では右の視葉が左の視葉よりも大きくなっていました。しかし、利き眼と視葉容積の左右差との間に明瞭な相関関係が見られず、これは利き眼が視葉容積の左右差によって生じていないことを示唆しています。

 アオリイカの利き眼は群れ行動と関連しており、同種個体という社会環境が影響を及ぼしている可能性があります。そして、アオリイカの利き眼は、視葉容積の左右差以外の神経系の左右差から生じている可能性があります。

裏話

​ これは、修論として取り組んだ研究です。Micro-CTで撮影した脳について視葉の容積を測定してみたところ、左右で大きさが異なることを発見したことでスタートしました。最初の論文よりもこの論文を書くのが一番苦労しましたが、動物行動学専門のジャーナル、Animal behaviourに掲載されたことで帳消しになりました。

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